昭和四十六年七月五日 朝の御理解


X御理解第六十九節
「信心はみやすいものじゃが、みな氏子からむつかしゅうする。三年五年の信心では、まだ迷いやすい。十年の信心が続いたら、われながら喜んで、わが心をまつれ。日は年月のはじめじゃによって、その日その日のおかげを受けてゆけば立ち行こうが。みやすう信心をするがよいぞ」


 信心が有難いもの楽しいものと言うところまでおかげを頂きませんと信心はやはり難しいものになります。なかなか信心は楽しいもの有難いものにしえずして、なかなか信心は難しいとこういう。その日その日のおかげを受けて行けば立ち行こうがと、こう仰る。お互いその日その日のおかげを受けておる。所謂その日その日が立ち行っておる。その事だけでも有難いと思えれる信心。今日も健康であったと言うことだけでも有難いと。ところがその日その日の立ち行きだけでは皆が満足しない。信心したらお願いをしたら何かこう特別な不思議なおかげでも見えない事には、所謂おかげでないように思う。その日その日のおかげを頂いていく事はまあ平凡な日々という事でしょうけれども、その平凡な日々その事が実を言うたら大変な有難いことである。その大変な有難い事が大変有難い事としてわからせて頂くと言うこと、そこに神恩報謝の生活いわゆる有難い勿体ないという事になる。
 成程そういう信心が続いたら、そういう信心が十年と続いたら我ながら喜んでわが心を祭れとこう仰る。私はわが心を祭ると我ながらわが心が拝めれると言うのは、そういう心だと思うですね。どんな奇跡的な人が目を見張る様なおかげを受けましても、その日その日のおかげにつながっていなかったら値打ちはないと思う。問題はその日その日が大事なのである。その日その日が有難い。それは実に平凡な例えて言うならば、米の飯を食べておるようなもの。別にどうと甘くも辛くもないけれども、それを美味しく頂くという事。それが美味しく頂ける事がです、十年経つ間にはそれが血も肉にもなって来ると言うわけなのである。実にだから平凡、その平凡な中にです信心の有難さ信心の勿体なさというものがです、信心させて頂くことの勿体なさというものが身についてくる。
 昨日或る方が午後参って見えて、本当に先生早うおかげば頂かして下さいと、早うおかげ頂かなければ神様の顔に泥を塗るとこう言う。私は申しました。この神様はね、あなた方がどれだけ人からあれ程信心するのにと笑われる様な事があっても、お前はそういうおかげを落としたから、おかげを頂ききらんから私の顔が汚れたぞと仰るような小さな神様じゃないですよと申しました。まるきり神様にせめ道具の様に、あなたの顔を汚しゃ相済まぬからどうでもこうでもおかげを下さい。何の早うおかげを頂こうごとあるけん言いよる。決してこの神様はね例えば世間の人が、信心しよって怪我をした。信心しよって貧乏してござる。あがしこ信心しよったけれども大した事はなかったと言うて、言うたり笑うたりした事実もある。それかと言うて神様の顔に泥を塗るような事は決してない。又神様もそれで俺の顔をどうしてくれるかと、俺の顔を立ててくれと言うような小さな神様では決してないのである。
 それこそその日その日が立ち行って有難いとしてですその事に対して有難い勿体ないかわからしてもらい、そういう信心が十年続いて我ながらわが心が祭れれる様になったら、もうそれから先は私はあれよあれよと言うおかげになると思う。今たとえどんなに笑った人でもです、成程神様じゃなあというおかげになる。けれどもそういうおかげをよう頂かんというのはです、その日その日の立ち行きその日その日のおかげを受けておることをおかげだと思えないからだと私は思う。そして何か特別のお願いをする。それが成就する時には有難い。成就せん時には有難くない。こういう信心は五十年続いたって駄目です。わが心が祭れるようにも拝めるようにもなりはしません。その日その日の立ち行きが有難いとわからしてもらう信心、それは只変哲もない三度三度のお食事を頂く様なもの。だからいつのまにか血にもなり肉にもなって行くのである。今日はもうおかげ頂かじやったけ御飯も食べまいと言うような事じゃない。自分の気分でを信心する。自分の気分でこげん有難か神様はなかごと言いよるとすとーっといつのまにか落としてしもうてから、ほんなごと神様ばっかりは了見に及ばん。位ならまだよかばってんが、親先生ばっかりは了見に及ばんと言うことになってくる。これではね、堂々まわりの信心とはそういう信心のことを言うのだろうとこう思う。三年五年では迷いやすいとこう仰るが、十年経っても二十年経っても迷いやすい、これではね、わが心が祭れれるという心が頂けない。わが心が拝めるというおかげが頂けない。
 私は昨夜しきりに思わして頂く事がありましてね、これ程沢山の人が合楽にお参りさせて頂きよるのが、真実助かっておるのは私だけじゃなかろうか。それとてもわからんですね。私はゆうべ思うたんです。私だけじゃなかろうかと。教祖の神様は人が助かる事さえ出来ればというのが教祖様の御信心である。その御信心をわからせてもらう。お取次の御用をさして頂いておる私どももそう思うておる。人が助かる事さえ出来ればと思うておる。本当にそれを切実に思う。人が助かりさえすればと思う。ところが事実お前助かっていないと思う。お前だけはどうやらこうやら助かっとるごとあるけれども、お前あれだけ沢山の信者が参ってくるけど助かってないじゃないか。私は教祖の神様が人が助かりさえすればと言うのはです、成程医者が見放した病人が助かったとか、人間関係で難儀しとるそのところがお繰合わせ頂いたとかとそういうおかげを頂くという事もまあ助かる事になりましょうけれども、本当の事はです我ながら喜んでわが心を祭れるような心になるということです、と思う。でなかったら幸福じゃないもん。
 人間の幸福を言えば、乞い願うてござる天地の親神様の御信心を、御自身がおかげを受けられた。その御自身がおかげを受けられました事をです人に伝えておいでになる教祖様御自身が我ながら、月の十日は金光大神永世の祭日と、十月十日を金光大神永世の祭日としてお祭りを仕えられ、月々の十日は我ながら自分の心をお祭りしてお祭りを仕えござった。大した事です。もう本当に前代未聞ですね。あらゆる宗教界に我ながらわが心を祭る、所謂御祭典までなさったと言うのは大変な事である。助かりきってござるのである。それは天地金乃神から教えられた通りの事をなさって、そして御自身が助かっておいでられた金光大神の生き姿である。だから金光大神はそういうおかげの頂けれる道を説いておって下さる。私も段々おかげを頂いて私自身がおかげを受けたこと、教祖神様の御教えに本気で忠実にならし頂くことにつとめ、実際はそれは目の粗い事でありますけれどもそこに焦点を置いた。そこに目指さして頂いた。そして私はおかげを頂いて助かってるなと思わして頂く、我ながらわが心を拝ましてもらう事がある。そういう意味でこの方の道で人が助かる事さえ出来ればと仰ったが、果たしてこれだけ沢山の信者が集まってくるのだけれども果たしてそういう意味に於いての助かっておるものがあるだろうか。してみると実に相済まぬ事になってくる。誰も助かっていない。これじゃいくら頑張ってもしょうがない事だと言う事になってくる。
 そこで私が日々此処で申さして頂ていおる事は、そういう意味に於いての助かりの手立てになることをお話しておるのです。そういうおかげの頂けれる手立てそれを皆さんに聞いてもらっているのですけれども、皆さんの場合はその日その日におかげを頂いておられるけれどもそれをおかげと思い切らず、何か特別なおかげを頂かなければおかげでない様に思うて、こげんいつまでもおかげ頂ききらんなら世間の者から笑わるる神様の顔に泥を塗る、それじゃけんどうでんこうでんおかげ下さいと言うような事を平気で言うたり思うたりしておる。その日その日が立ち行くおかげ、もう本当にその日その日のおかげをです、心の底から有難いとわかってわからせて頂く信心。綿密に思うて見ると、それこそあれもおかげでありこれもおかげであり万事万端の御都合御繰合せの中に、今日もおかげ受けておるという事実をね本当にわからせて頂いての十年、我ながらそういう信心が十年続いたらわが心がまつれるという事。その事がです、私は金光教でいう助かりと思うです。 
 そういう信心が積もり積もって十年経ったらね、それが我ながらわが心を拝め、我ながらわが心を祭るようになってきますと、そこから成程神様じゃなと言われるような本当の意味に於いての金光教的助かり、金光教的おかげが頂けるのです。そこから先のおかげが素晴らしい。そこから先のおかげが楽しいのである。助かっておる様で助かってない。有難いようであって実際本当に有難いのではない。不平が出る。不足が出る。腹が立つ。人を見縊る。ねたむ。そういう様な心がある間は一つも助かっていないのです。最近申しております、一切合切がおかげと頂ける心なのである。なかなかにして本当の助かりになりません。自分自身が本気で助かる事にならして貰わなければ。自分自身の心が助かる。そこからその日その日の立ち行きがです、有難い尊いものになってくる。その日その日のおかげと言うのは、別にどうと言うて変わりのない事なのだけれど、信心しとる時でもしとらん時でも言わば変わらない様なものなんだけれども、それは米の御飯を食べるようなものなんだけれども、別に特別の味合いがあるわけじゃないんだけれどもそれが有難いとわからして頂く信心を本気で身に付けさせてもらう。
 昨日丁度四時の御祈念を奉仕させて頂こうとしておる時電話がかかって参りました。東飯塚の大久保先生から電話だとこう言う。それからすぐ受話器をとらして頂きましたら大久保先生の声である。大坪先生ですか。実は余り突発的ですからと前置きされて、古賀行治が亡くなりました。大変お世話になっておりましたから先生にも御通知申し上げるべきだと思いましたから、御通知申しますと。明日の四時に告別式を致しますと云う電話。もう私は持っておる電話機が本当に力が抜けるごとある感じが致しました。何故ってつい四、五日前、二十八日の日にお参りをしてきております。話を聞いてみると時々喘息が発作的に起っておりましたから、やはり何か発作が起きたからすぐ病院に行った。病院に行ったら、これは手術せにゃいかん、手術すれば治ると言われたものだから、もうそのまま手術させてもろうた。手術中で亡くなったと言うことなのです。もう私は昨日ばっかりは残念という言葉を本当に実感しましたです。もうそれこそ残念で残念で堪らなかった。
 電話を切りましてからも、本当に昨日一時の御祈念にあのSOSを頂いたり、その前の日に狙い撃ちをされていると言う御理解を頂いたり、二十八日の日に先生がお参りをして来た日にシャツ一枚で参って来ました。だから裏で一緒に食事させて頂く時に、あんたばっかりは此処の合楽に参ってくる時は上着ぐらい持って来なこてと、それがちゃんと忘れてきた。合楽の信心に帰らにゃいかん。合楽の信心に帰らなきゃいけん。私はこれを何回繰り返したかわからん。人間の義理とか人情とかはお道の中にやはりありますから、家の本当の弟子じゃない、やはり東飯塚教会の手続きの教師だというのですから、此処でもう一ぺん修行し直せとは言えんわけです。だから合楽の信心に帰れ合楽の信心に帰れという事を私は申しました。椛目の時代に修行させて頂きに参りましてから一週間目位もうそれこそ、善導寺の勝木先生が見えましてね病院の、大坪先生この病人は早う帰しなさいともこれはもうすぐ、もう難しかとじゃから、此処にご迷惑がかかりますよともう呉々も言うて帰られました。
 そういう時に私は本当に帰そうとも思いませんし、兎に角一生懸命でお願いさせて頂いとりましたら私はその言葉は忘れましたけれども、大変に有難い御夢を寝ながら本人が頂いた。そしてやっとかっとあちらの離れの二階から下りてきてから頂いている薬を御結界に持ってきて、親先生このお薬をもう今日から限り頂きません。喘息の薬やらこう持っとった。だから生きても死んでももう親先生任せでおかげを頂きますからと言うてお取次を願わして頂いたから、それをそのままお取次させて頂いた。そしたら神様からね教師として取次者としてね、こういう一つの難儀というのは取次者の財産になるのだ、元手になるのだという御理解でした。自分自身がこの様なおかげを頂くという事は、これから先どんな難儀な人が参ってきてもお取次が出来る。店開きをするのに元手なしには出来ん。自分自身がその元手を持っとかにゃならん。素晴らしい事だ。これを元手にせにゃいかんよと言うておかげを頂いたらもう日増しにおかげ頂いて、あーして御用が出来るようになった。
 大体飯塚教会で修行して教師になったけれども、もう棒にも箸にもかからん病人でしたから熊本に帰らして頂いて教師は断念しとるところへ椛目の話を聞いてお参りをして来たのが、あの人達母子でした。それ以来というものは薬のくの字も言わなかった。一年の間は大変な理屈ばかり言うてから、ほんに外のことはよかばってん余り理屈言うけん断ろうかという位理屈ばっかり言う先生でした。けれども二年位からもう本気で当時の椛目の信心に打ち込んで、二年目には時々御神意の一つも伺うこどなった。そしたらもう元気になったものですから、親教会の方が良くなったものだから火のつけ矢のつけ帰ってこいと言う。自分も帰りとうして堪えんと言うことになった。出急ぎをしたわけなんですね。早う教会でも持ちたいという気になった。私がもう一年頑張れと言うたから、秋永先生やら皆が兎に角親父があげん言いよんなるけんもう一年頑張れとそうに言いなしたけれども、もうとにかく私だん知らんごとして荷造りして帰ったです。
 そして帰って一年ばかり元気で御用が出来た。そしたら又この病気になったものですから、とうとう一年半余りそれから又病院に入院した。入院して帰った時にはやはり病院でなきゃいけん、こんなに元気になって帰ったと言うて、今日まであーして御用が出来よった。どうかあるちゃすぐ病院に行く。お薬を頂く様な意味に於いてのおかげであった。昨日一昨日もそうじゃった。ちょっと発作が起ったら病院に行った。病院に行ったら、これは手術をすると良いと言うたもんだから、もうその場で手術する気になった。もう私はそこんところを残念で残念でたまらんと思ったんです。あれがもう一年合楽で修行させて頂いとったら、もっとです、医者の医の字も薬のくの字も言うことはいらなかったのに、本当にあーいう自分自身が頂いたおかげが元手になって本当に良い取次者としてのおかげ頂けとろうものにと思う。まあ今日の御理解から言うとです、成程肉体の上では助かっとった様でありますけれども、心の上で助かっていなかったと言うことになるのです。お道の教師が教師になるときに、生涯神様の前にお道のために言わば自分の命を捧げますという意味の誓いの言葉をさせられます、してきとる筈です。
 昨日も特別奉修員の方達に聞いて頂いたんですけども、どうぞ息子を助けて下さい、孫を助けて下さい。私の命を縮めてからでもと言ったようなお願いをする人があるけれども、親神様から見られた時にです、さあ子供は助けたばってん親の方の命を取らにゃんと言うごとになったら、神様の目から御覧になれば一視同仁、同じ氏子である。一人が助かって一人が死ぬならば、神様は損も徳もないと言うことになるじゃないか。そげな馬鹿な願いはするなと。折角捧げるならば神様に捧げろ、自分の命を神様に捧げる。神様が喜んで頂くことのために命を捧げる。そういう気になりゃ決して命は取らんと神様は仰るという話をしました。とりわけお道の教師になるからにはです、自分の生活のために神様があるのじゃない。本当に難儀な氏子が助かるためならば、自分の命も捧げるというような信心をもっておかげを頂かなけりゃならん。その手立てをです教えて頂くのである。そこに自分自身の助かりがある。
 所謂その日その日が有難いとわからせて頂く信心。そういう信心が十年続いたら成程我とわが心が祭れるだろう。自分で自分の心が拝めるような心が自ずと生まれてくる。焦点を間違えておったんではです、神様の顔に泥を塗るけんおかげ下さいとか自分の命を捧げてからでんこの事ば頂かにやんと言う、そういう言うならばしかとむなか信心しとっても信心じゃない。金光教の御信心は、例えば現在はどうであってもその日その日が立ち行きよるじゃないか、そのその日その日が立ち行きよるその事をです有難いとわからせて頂く信心こそ、成程難しうはないのである。けれど難しいと言うのは信心が命というところまでなっていないから、信心はおかげを頂かにゃならんから信心すると思うておるから、おかげのほうが少しおかげじゃないと思うたらもう迷いが起ったり神様を逆恨みに恨むようになる。そういう信心なら絶対難しいけど、その日その日立ち行くことが、これは絶対に神ながらな信心させて頂いとれば本当に神ながらな立ち行きのおかげを頂くのです。一変におかげ下さるとじゃない。そのおかげをおかげと本当に思わしてもろうて、その日その日の信心と言うのですから有難くて楽しうてと言う事になる。
 だから信心は一つも難しいものじゃない。そういう信心が十年と続く頃には、確かにわが心が拝めれる様になるだろう。わが心を祈りたいようになるだろう。それから先なのです。人が何と言うておっても、成程神様じゃなと言うようなおかげが頂かれるのは。ですからその十年という間、信心は十年という年限りを切るというのじゃないでしょうがね、私どもが日々の生活の中に本当にその日その日が立ち行く事のなかに有難いとわからせて頂く信心が出来る事をまず願わなければいけん。まずそこを願わなければいけない。本当の意味に於いての言わば助かりを頂いとりませんと、必ず楽な方へ楽な方へ心が向きます。此処は一番本当に助からんならん時でも、すぐ医者の方へ飛び込みます。すぐ薬といいます。これではもう永却助からん。本当に助からにゃならん。そしてあたら命を落とすようなことになってしまう。その事が残念で残念で堪らない。
 本当に大久保先生といえば、日本でも指折りの先生にあわや私は文句を言おうごとあった。椛目におる間は、一辺も薬のくの字も言わなかった。医者とも言わなかったけれども、あなたの方へ帰って医者にばかりかくるけんこげんなりましたたいと。そういう思いが一寸したけれども、そこをわからせ得ていなかったという事に私はゆうべ眠れなかったのはその事であった。なら此処に沢山の人が集まってくるけれども、そういう意味において助かっておる人があるかと、ないね。人が助かりさえすればと言われるのにそういう助かる手立てを毎日毎日此処では私お話させて頂いておるけれども、それを本当の自分の手立てとはせずに、只特別なおかげを頂くことだけがおかげのような意味にしか頂き得ていないと言うところに、本気でも少し容易い信心を身につけなければいけないという事になるのじゃないでしょうか。容易いという事は信心が楽しうなること。信心が有難うなること。その日その日が有難うしてたまらん、勿体のうしてたまらんという意味の信心になって行くことなんであります。どうぞ。